Good news
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こんにちは。
この日々のパン&Good newsページでは、私たちが感動したり、励まされた聖書のことばや、
私たちとか神様との間に起こったストーリー(私たちはこれを証と呼んでいます)を載せていく予定でしたが、
なかなか更新できないため(ごめんなさい…)
お知らせページをリニューアルさせて、そちらへ載せていく予定です。
時々、覗いていただけたら幸いです。
人はパンだけで生きる!?
わが子がまだ幼稚園児だったころ、
その時通っていた日曜学校(日曜日に行う大人の礼拝のように、小さな子たちのための礼拝のこと)で
聖書の言葉を覚えたことを自慢してこう言った。
「人はパンだけで生きる!!」
とっても自身に満ち溢れて言ったもんだから、思わず笑ってしまった。
なぜなら、聖書には
「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」(マタイ4:4 申命記8:3)と書いてあるからだ。
毎日の食事は私たちの体にとってとても大切なものだけれど、それと同じように、いやそれよりももっと人に必要なのは、神様からのことば、聖書に書かれてある一つ一つのことばである、
それが私たちに必要不可欠な生きる糧であり、私たちの心を養い育てるという言葉である。
何をどう勘違いしたのか、わが子はこれをすっかり「パンだけで生きる!」と自信に満ちて言ったのであった。
その後、大人になった彼は、聖書の言葉に親しみ、日々の糧としているようで、親としては安心している。
日曜学校の先生方、大変お世話になりました。感謝します!!
神の臨在に出会ったこと
「出会いの証(ストーリー)」
私は音楽大学でヴァイオリンを専攻していた。
卒業式の前日に行われる卒業演奏会の本番で、圧倒的な神様の臨在に出会って、神様は本当におられるのだということが分かった。
私はとっても自信がない学生だった。音楽大学に進学したのに、全然自分に才能がないということをひしひしと味わった、ちょっとツライ4年間だった。
本番で暗譜が飛ぶ(覚えているはずの曲が途中で弾けなくなる)、オーケストラのコンミスを任されるが一人で暴走して指揮者の大迷惑をかける、など事件をたくさんやらかしたことで、
私のメンタルは完全に打ちのめされた状態だった。
何とか卒業演奏会で演奏する機会をいただけることになったのだが、全く自信がなかった私は、当時付き合っていた彼(今の夫)に相談した。
彼はひとことこう言った。
「オレは弾く前に神様に感謝してから弾くんだよね…」
「何それ?…」
寝耳に水みたいな答えに唖然としたが、まさに藁にもすがりたい私は、その神様とやらにすがることを試すことにした。
ちょうど私の前の演奏者はオルガンを演奏していた。なんておあつらえ向きなのかしら…!!
「神様、あなたが本当にいらっしゃるなら、落ち着いて演奏できますように!緊張せずに最後までちゃんと弾くことができますように!…」
言葉はちゃんと覚えていないけれど、必死で祈ったことはおぼえている。
ステージにピアニストと二人。お辞儀をして演奏し始めるころには、天からのスポットライトが二人を包んでいる感覚で、緊張はしつつも落ち着いていて、なんとも言えない平安に包まれながら演奏をしたのである。
ステージの上からスポットライトが当たっていたのも事実なのだが、あれは天の窓が開いていたという表現が正しいと思う。
よく絵画で描かれている、天からに光のような…
今まで味わったことのない、平安!神様本当にいらっしゃるんですね!
なんとも不思議な体験。
後からこれが「神の臨在」と呼ぶものだと知ったのだが、これがわたしと神様の奇跡的で大切な出会いであった。
(美智子)
神の国が近づいた
イエスはガリラヤに行き、神の福音を宣べ伝えて言われた。
「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」
マルコの福音書1章15節
イエスさまが、神の福音(とっても良い知らせ)を伝えたセリフがこれ。
「いよいよその時がくるよ!神様の支配される国がもうすぐやってくる!
だから考え方を変えられるよ。生き方を変えられるよ。神様と同じように愛せるよ。
愛が支配する神の国が来る!それが良い知らせだからね。信じてね」
(かなり私的な意訳ですが、私の中ではこんな理解です)
他の聖書箇所ではイエス様はこう言ってます。
「神の国は、目に見える形で来るものではありません。
『見よ、ここだ』とか『あそこだ』とか言えるようなものではありません。見なさい。神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」
ルカの福音書17章20~21節
もう神の国は私たちの中に存在していると…
あなたがたがわたしを選んだのではありません。
あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選んだのです。
ヨハネによる福音書15章16節
わたしたちはイエス様に出会って神様を信じた。
イエス・キリストという神様を自分が選んで、信じたのだと思っているけれど、
じつは神様の方が、私たちを選んでくださったと、この聖書の言葉は言っている。
全宇宙を創造された偉大な神様が、私を選んで、救ってくれた。
あなたには、生きる意味があるよ、使命があるよと呼んでくれた。
ありがたいこと。